タツキの物語(俊の記憶) 第2回
2章 ハルトとの出会い(15歳)
僕が15歳のとき、ハルトという視覚障害の少年が施設にやってきた。
あのモジュールが彼にも使えるんじゃないかと思い、ハルトに自分の作ったものを紹介した。
ハルトは少し引っ込み思案なところがあるけど、そのモジュールを喜んでくれた。
そして、「見えないならそれをアシストするモジュールを作ればいいんだね」ってことを言い出すから、
2人で新たなモジュールを作ることになった。
ハルトと一緒に作業する時間は、僕にとって初めて「誰かと学ぶ楽しさ」を感じた瞬間だった。
講師の方にアドバイスをもらいながら、2人で試行錯誤しながら取り組んだ。
カメラやセンサーの選択にもこだわった。
そして1年後、見えなくても周囲の状況を音で伝えてくれるモジュールが完成した。
施設の関連企業で製品化の話になって、ヤンチャ君が特許は俊とハルトのものだという条件を通してくれた。
これで、僕たちはあくせく働いて稼がなくても、特許収入というもので生きていけるらしい。
リリースされた製品は日本国内だけではなく、海外でも注目されるようになった。
取説の翻訳が必要ってなったときに、交通事故で片足をなくして施設の自室にひきこもっていたユウキが名乗り出てくれた。
彼は自分の姿を見られたくなくて部屋ごもりしていたんだけど、海外の人たちとつながって色々な国の言葉を覚えたらしい。
部屋にこもってるだけだと思っていたユウキが、世界とつながっていたなんて思いもしなかった。
翻訳はユウキにお願いすることになった。
ネイティブチェックはユウキの海外の友人たちがやってくれるみたいだ。
製品が世界に広まっている中、カヨという聴覚障害の女の子がやってきた。
僕より4つ下らしい。
引っ込み思案のはずのハルトがなぜか積極的で、
「僕の発明は、目の代わりに音で伝えてくれるものだけど、これを応用すれば、音を視覚情報で教えてくれるものになるんじゃないかな?」
なんてアピールしてた。
これ、僕がハルトが来た時に、自分の製品を紹介したかったのと同じなんだろうなぁ。
そしてカヨも一緒に、今度は聴覚障碍者のためのモジュールを作ることになった。
その頃、ユウキはスポーツに復帰したくなったみたい。
筋トレや義足調整で装具メーカーの人と会ったりして、外に出かけることが増えてきた。
それからカイという吃音の少年がやってきた。僕より2歳年下らしい。
カイは吃音をイジラレて不登校になり、この施設に来たようだ。
でも、すごく声が良くて、音楽に向いているんじゃないかって話をしていたところ、
たまたま施設を訪問していた企業の人からCM依頼を受けたんだ。
吃音を活かしたCMソングを作るとかって話が聞こえた。

