タツキの物語(俊の記憶) 第4回
4章 タツキが共同体に溶け込む日(ペンキ〜男子風呂〜富士山)
そんな頃、サキがヤンチャ君に「ペイント手伝って!」と声をかけたことで、突然騒動が起きた。
サキは誰彼かまわず、近くにいる人に手伝わせる。
サキが船の横でペンキを広げていて、その場には僕とハルト、カイ、そして壮太もいた。
壮太は10歳でタツキよりも年下だったが、タツキは壮太を兄のように慕っていた。
壮太はペンキの匂いが苦手らしく、少し離れたところで様子を見ていた。
サキは船の装飾を進めたくて、ヤンチャ君の腕を引っ張って作業場に連れていこうとした。
その瞬間、タツキが慌ててヤンチャ君の服の裾を掴んで、必死に引き止めた。
「やだ!やだ!ヤンチャ、いかない!」
タツキは半泣きで、ヤンチャ君の背中にしがみついて離れない。
サキも「えっ、なんで!?」と固まってしまう。
壮太は慌てて近づいて、「タツキ、大丈夫だよ……」と小さな声で言った。
その声がやさしくて、タツキは少しだけ泣き止んだ。
「タツキ、ヤンチャ君取られちゃうって思ったの?」と壮太が聞くと、
タツキは小さくうなずいた。
その仕草があまりにも可愛くて、僕たちもつい笑ってしまった。
その空気に安心したのか、タツキは少しずつ顔を出して、サキの持っていたペイント用の色をじっと見つめた。
「……これ、やる?」
サキがそっと差し出すと、タツキはおそるおそる手を伸ばして、指先に色をつけて、船の側面にちょんと触れた。
その瞬間、タツキの顔がぱっと明るくなった。
「きれい!」
その声を聞いて、僕たちの胸が一気に温かくなった。
タツキが僕たちの前に顔を出して、自分から“やりたい”を見せた瞬間だった。
そこからはもう止まらなかった。
タツキはペンキを手のひらにつけて、サキの頬にぺたん。
サキが「ちょっと!」と叫んだ瞬間、壮太の背中にもぺたん。
カイの肩にもぺたん。
僕の額にもぺたん。
気づけば、みんながペンキまみれになっていた。
サキは笑いながらタツキの手を取って、「もう!やるならちゃんとやろ!」と言って、顔をこすったもんだから、自分のほっぺに青い線を描いた。
みんなの反応を見てタツキは大喜びしている。
みんなの顔に色をつけて回った。
ハルトは音の反応よりも早く逃げようとしたけど、タツキの手のひらスタンプが見事に額に命中した。
ユウキの義足の調整で来ていた装具メーカーの人まで巻き込んで、その人の白い作業着に赤い丸がついた。
最後には、ヤンチャ君のスーツの背中に黄色い手形がついていて、本人は「おいおい……」と言いながら笑っていた。
その日、僕たちは作業どころじゃなくなって、みんなでペンキまみれになって笑い転げた。
タツキにとって、“怖さより楽しさが勝った日”だった。
みんながペンキまみれになって笑い転げていたら、サキが「男子は男子風呂行って!私はカヨと女風呂ね!」と叫んだ。
僕たちは顔を見合わせて、男子風呂へ向かった。
タツキは壮太の手をぎゅっと握ったまま離れない。壮太は「大丈夫だよ」と優しく声をかけながら歩いていた。
お風呂場に着くと、湯気がふわっと上がって、ペンキまみれの僕たちが一斉に「うわ……」と声を漏らした。
壮太はタツキの服を脱ぐのを手伝いながら、「ペンキ、いっぱいついちゃったね……」と小さく笑った。
タツキは不安そうに壮太の腕を掴んでいたけれど、湯船の温かい空気に触れて少しずつ表情がゆるんでいった。
「そーた……いっしょ……」
「うん、一緒に入ろうね。」
タツキは壮太の腕につかまりながら湯船に入った。
湯に触れた瞬間、タツキの顔がぱっと明るくなった。
「きもちい……」
壮太はほっとしたように笑った。
その横で、カイがペンキを落とそうとして必死にこすっていた。
「これ……落ちない……!」
僕はカイの背中を見て笑いながら言った。
「カイ、そんなにこすったら皮むけるよ。」
ユウキは「ペンキってこんなにしつこいの……?」と苦笑していた。
そのとき、タツキが突然湯船の中で立ち上がって、壮太の肩にぺたんと手を置いた。
「そーた、あったかい!」
壮太はびっくりして「わっ」と声を上げたけど、すぐに笑ってタツキの頭をなでた。
その瞬間、タツキが嬉しくなったのか、湯船の中でバシャッと水を跳ね上げた。
「ちょっ……タツキ!!」
僕とカイとユウキに湯がかかって、みんなで「うわあああ!」と叫んだ。
タツキは大喜びで、湯船の中でバシャバシャしながら笑っていた。
壮太はタツキを止めようとして、逆にタツキに抱きつかれて湯の中に沈みかけていた。
「そーた、しずむ!」
「しずまないよ!タツキ、ちょっと待って!」
僕たちは笑いながら壮太を引っ張り上げて、男子風呂はもう完全に騒動になっていた。
でもその騒ぎの中心で、タツキはずっと笑っていた。
怖がりだったタツキが、初めて「安心して騒げる場所」を見つけた瞬間だった。
男子風呂は最後まで騒動だった。
タツキは湯船でバシャバシャし続けて、壮太は何度も沈みかけて、
カイは「ぬ、ぬ、ぬるぬる……する……」と半泣きで、ユウキは苦笑していた。
僕たちは湯気の中で笑いすぎて、風呂上がりにはもうヘトヘトだった。
タオルで体を拭きながら、壮太がタツキの髪を優しく乾かしてあげていた。
「タツキ、もう暴れちゃだめだよ……」
「そーた、たのしかった!」
壮太は照れたように笑って、「……うん、楽しかったね」と言った。
そのまま僕たちは食堂へ向かった。
廊下にはまだペンキの足跡が残っていて、それを見てカイが「これ絶対怒られる……」とつぶやいた。
この施設では「危険なこと」と「他人に迷惑を掛けること」以外は好きにしてよいことになっているので怒られることはないんだけど・・・。
食堂に入ると、 タツキはまっすぐ白米のところへ走っていった。
「ふじさん、つくる!」
壮太が慌てて追いかける。
タツキはごはんを山のように盛って、てっぺんにふりかけをかけて、
横に唐揚げを置いて“溶岩”にして、味噌汁を“湖”にして、サラダを“森”にして——
今日も見事な富士山が完成した。
「みて!壮太!ふじさん!」
タツキは風呂での騒ぎの延長みたいに、満面の笑顔で富士山を掲げた。
壮太はタツキの隣に座って、「すごいね……今日のは、いつもより大きいよ」と言った。
タツキは得意げに胸を張った。
「おふろ、たのしかったから! ふじさん、もっとおおきくした!」
僕たちは笑いながら席についた。
風呂の騒動も、ペンキまみれも、全部が今日の“祭り”だ。
そしてその祭りの締めは、タツキの富士山だった。
そこへ、ヤンチャ君が食堂に入ってきて、タツキの富士山を見た瞬間、目をまん丸にした。
「おいおい……タツキ、それ本物よりデカいぞ!」
タツキは嬉しそうに胸を張った。
「ほんものより、おおきい!!」
ユウキも笑いながら覗き込んで言った。
「タツキ、これ……噴火したら食堂が全部埋まるよ。」
タツキは大興奮して、富士山のてっぺんを指さしながら叫んだ。
「ふんか? ふんか! ふんか!」
ヤンチャ君はさらにあおる。
「うわー!溶岩が流れてくるぞー!逃げろー!」
ユウキもノリノリで、
「タツキの富士山、今日めちゃくちゃ強いよ!」
タツキはもう大喜びで、 富士山を両手で抱えるようにして笑った。
ヤンチャ君とユウキがあおって、壮太が横で優しく見守って—— 食堂は今日いちばんの熱気に包まれていた。
僕が「タツキ、そろそろ食べようか」と言うと、タツキは富士山をぎゅっと抱え込んだ。
「たべない!これ、たいせつ!」
壮太が困ったように笑いながら、「タツキ、これはごはんだよ……?」と優しく言ったけれど、タツキは首をぶんぶん振った。
そのとき、ヤンチャ君がゆっくり近づいてきて、タツキの目線に合わせてしゃがんだ。
「タツキ、これ、今日のいちばんすごいやつだな。」
タツキはぎゅっと富士山を抱えたまま、ヤンチャ君を見上げた。
「すごいやつ。なくなっちゃだめ。」
ヤンチャ君はゆっくり言った。
「じゃあさ、なくならないようにしよう。タツキの富士山を“残す”んだ。写真なら、富士山は壊れない。ずっと残る。」
タツキは少し安心した顔になった。
「ずっと……ある?」
「あるよ。タツキの“今日の富士山”は、ずっと残る。」
壮太が写真を撮ると、タツキはじっと画面を見つめた。
「ふじさん、ある……」
ヤンチャ君はそこで、少し声のトーンを変えた。
「なあタツキ。この富士山、食べたらどうなると思う?」
タツキは首をかしげた。
ヤンチャ君は笑って言った。
「タツキの中に入って、タツキの力になるんだよ。なくなるんじゃなくて、タツキの中に“移動する”んだ。」
タツキは目を丸くした。
「ふじさん……タツキのなかに、くる?」
「そう。壊れない。なくならない。タツキの中に入って、タツキがもっと強くなる。」
タツキはゆっくり富士山を見て、またヤンチャ君を見た。
「……ふじさん、タツキのなかに、くる?」
「来るよ。写真で“今日の富士山”は残るし、食べたら“タツキの富士山”になる。なくならない。」
タツキの顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ……たべる! ふじさん、タツキのなかにする!!」
ヤンチャ君は笑って、タツキの頭をぽんと叩いた。
「よし。タツキの富士山、いただきますだな。」
写真を撮って、「富士山はなくならない」 「タツキの中に移動する」 という安心ができたあと、
タツキは富士山を見て、壮太を見て、ヤンチャ君を見て、ぱあっと笑う。
そして、スプーンを持った瞬間、タツキは突然、意味のないメロディを歌い始める。
「ふーじさーん、タツキのーなかー♪ ふーじさーん、つよくなるー♪」
壮太は笑って、「タツキ、歌、上手だね」 と優しく声をかける。
タツキはうれしそうにうなずいて、富士山のてっぺんをひとくち食べる。
「タツキのなかー♪ ふじさーん♪」
ヤンチャ君は大笑いして、「おいおい、タツキのオリジナルソングかよ!」と肩を揺らす。
ユウキも笑いながら、「今日の富士山、歌付きだね。」とあおる。
タツキはもう完全にご機嫌で、歌いながら富士山を少しずつ食べていく。
「ふーじさーん、タツキのーなかー♪ あしたもーつくるー♪」
その声は、男子風呂の騒動の余韻みたいに、食堂の空気をあたたかくしていく。
男子たちが騒ぎながら食堂を出ていったあと、食堂には静けさが戻った。
サキはテーブルの上の残り物を見て、ふっと笑った。
「タツキ君、富士山が大好きなんだね。」
カヨがお茶を飲みながら言う。
「今日のタツキくん、すごかったね。あんなに楽しそうなの初めて見た。」
エミは残った白米を見て、小さく声を出す。
「これ、もったいないからおにぎりにしよ。リビングでみんな食べるでしょ。」
サキがボウルを持って白米を集めながら、いたずらっぽく目を細める。
「じゃあ……闇具おにぎりにする?」
カヨが吹き出す。
「またそれやるの? 誰が食べるかわからないやつ。」
エミは嬉しそうに頷く。
「だって楽しいじゃん。男子に絶対ウケるよ。」
三人は静かに、でも楽しそうに具を探し始める。
サキが海苔を広げながら言う。
「ビュッフェ式なんだから、もっと変なの入れよ。」
カヨが笑いながら皿を漁る。
「ミートボールあるよ。これ絶対わからない。」
エミが真顔で餃子を持ってくる。
「餃子おにぎりって、意外と美味しいかも。」
サキが酢豚の角切りを見つけて目を輝かせる。
「これ入れたら絶対驚くよね。」
カヨが唐揚げをちぎりながら言う。
「ヤンチャ君、これ当たったら絶対叫ぶ。」
エミはサラダのコーンを大量に入れようとして止められる。
「それはただのコーンおにぎりでしょ。」
サキがふふっと笑って言う。
「じゃあ、今日のラインナップは—— ミートボール、餃子、唐揚げ、酢豚、チーズ、梅干し、 あと……これ何?」
カヨが謎の揚げ物の欠片を持ってくる。
「わかんない。でも入れよ。」
三人はくすくす笑いながら、ビュッフェの残り物を全部“闇具”に変えていく。
男子の騒ぎの残りを、女子が静かにカオスへと昇華させる。
カヨがトレイを持ち、エミがおにぎりを並べ、サキが最後に海苔を整える。
「よし、持っていこ。男子、絶対気づかないから。」
三人は静かに食堂を出て、男子たちがいるリビングへ向かう。
リビングでは男子がまだ余韻で騒いでいる。
タツキは「タツキのなかの富士山〜♪」と歌っていて、壮太は優しく笑っていて、
ヤンチャ君はソファで大の字、ユウキは義足を拭きながらニヤニヤしている。
そこへ女子がトレイを持って入ってくる。
サキが言う。
「おにぎり作ったよ。タツキの富士山の残りで。」
男子は一斉に喜ぶ。
「うわ、ありがと!」 「やったー!」 「タツキも食べるー!」
そして—— 誰も知らないまま、 闇具おにぎりロシアンルーレットが始まる。
タツキはおにぎりを両手で持って、嬉しそうに歌いながら食べていた。
「タツキのなかの〜ふじさ〜ん♪」
そのとき、口の中に“何か丸いもの”が入った。
タツキはぴたっと歌を止めて、目をまん丸にした。
もぐもぐ…… もぐ…… もぐ………
そして、突然、全力で叫ぶ。
「これ、ぎょーざ???」
リビングの空気が一瞬止まって、次の瞬間、男子全員が吹き出す。
ヤンチャ君 「おいおい!餃子入りおにぎりってなんだよ!」
ユウキ 「女子、絶対わざとだろこれ!」
壮太は笑いながらタツキの背中をさする。
「タツキ、餃子好きだもんね……よかったね……」
タツキは餃子を口に入れたまま、嬉しすぎてその場でぴょんぴょん跳ねる。
「ぎょーざ!ぎょーざ! おにぎりのなかに、ぎょーざ!!」
女子はリビングの端でくすくす笑っている。
サキ 「当たったね、タツキくん。」
カヨ 「餃子は当たりだよ。」
エミ 「タツキくん、喜ぶと思って入れた。」
タツキは餃子を飲み込んで、満面の笑みで叫ぶ。
「これ、ふじさんの、ぎょーざ!!」
男子も女子も笑って、リビングがまた一気に明るくなる。
大騒ぎして疲れたのか、いつの間にかみんなそのまま雑魚寝してしまった。
リビングは、おにぎり騒動の余韻でまだ少し温かかった。
タツキは餃子おにぎりを抱えたまま、壮太の膝に頭を乗せて、そのまま眠ってしまった。
ヤンチャ君はソファに倒れ込んで、片足だけ床に落ちている。
ユウキは義足を外して横になり、そのまま静かに寝息を立てている。
カヨはタツキの近くに座ったまま、気づいたら壁にもたれて眠っていた。
エミはトレイを片づけようとして、途中で力尽きてテーブルに突っ伏している。
サキは毛布を取りに行こうとして、戻る途中で床に座り込んで寝てしまった。
誰も「寝よう」と言っていない。誰も「片づけよう」と言っていない。
ただ、遊びの勢いのまま、安心のまま、その場で眠ってしまった。
それが雑魚寝。それがこの施設の「家族の形」。
リビングはまだ薄暗くて、みんなの寝息が静かに重なっていた。
タツキはぱちっと目を開けて、しばらく天井を見つめていた。
昨日の餃子おにぎりの余韻が残っているのか、口元が少し笑っている。
ゆっくり起き上がると、周りを見渡す。
壮太はタツキの近くで横向きに寝ていて、ヤンチャ君はソファから半分落ちていて、
ユウキは義足を外したまま静かに眠っていて、
女子たちも壁にもたれたり、テーブルに突っ伏したりして眠っている。
タツキはしばらくみんなを見て、ふふっと笑った。
そして—— 昨日の騒ぎの中で誰かが置きっぱなしにした おもちゃのラッパ を見つける。
タツキはそれを手に取って、いたずらっぽく目を細めた。
次の瞬間。
「ぷおおおおおおおおおおおお!!!」
リビングの空気が爆発した。
ヤンチャ君 「うわああああああああああ!!」
壮太 「タツキ!?!?!?」
ユウキ 「ちょっ……耳……!」
サキ 「えっ……なに……朝……?」
エミ 「心臓止まるかと思った……」
みんなが飛び起きて、一斉にタツキを見る。
タツキはラッパを抱えたまま、床の上で転げまわって笑っている。
「みんな、おきたーーー!! ぷおおおおおおおお!!」
ヤンチャ君は頭を抱えながら叫ぶ。
「タツキ!朝からラッパは反則だろ!!」
壮太は笑いながらタツキを抱き寄せる。
「タツキ……びっくりしたよ……でもおはよう……」
ユウキは耳を押さえながら苦笑い。
「タツキくん、起こし方が戦争なんだよ……」
女子は半分寝ぼけながらも笑っている。
サキ 「もう……かわいいけど……うるさい……」
エミ 「でも……なんか……幸せな朝だね……」
タツキはラッパを掲げて叫ぶ。
「きょうも、ふじさんつくるーーー!!」
リビングがまた一気に明るくなる。
ラッパで叩き起こされたあと、みんなはまだ半分寝ぼけながら食堂へ向かう。
ヤンチャ君は髪が爆発している
壮太はタツキの手を引きながら歩いている
ユウキは義足をつけながら「朝から戦争だったな…」とぼそっと言う
サキは「タツキくん、朝は静かにね…」と優しく注意
カヨはまだ眠そうでふらふら
エミは「お腹すいた…」と小声で言う
そしてタツキは、もうすでに“今日の富士山”を作る気満々で、食堂に入った瞬間にテンションが上がる。
タツキはごはんの前に立って、スプーンを握りしめて宣言する。
「きょうのふじさん、つくるーーー!!」
昨日の成功体験が強烈に残っているから、タツキの中では 「食事=ふじさんの時間」 になっている。
でも、みんなはさすがに止める。
壮太
「タツキ、朝はね……ふじさんじゃなくて、ちゃんと食べる時間だよ。」
サキ
「昨日のふじさんは“夜のイベント”だからね。朝は静かに食べよう?」
ヤンチャ君
「タツキ、朝から山作ったら、またみんな寝ちゃうぞ!」
ユウキ
「朝はね、ふじさんじゃなくて“エネルギー補給”なんだよ。」
カヨ
「ふじさんは……夜のほうが楽しいよ?」
エミ
「タツキくん、朝はふじさん休みだよ。」
みんなが口々に優しく言うと、タツキはスプーンを持ったまま、むーっと頬をふくらませる。
「ふじさん……つくりたい……」
壮太がしゃがんで、タツキの目線に合わせて言う。
「じゃあね、朝は“ちいさいふじさん”にしよう。“おおきいふじさん”は、夜の楽しみにとっておこう。」
タツキはぱっと顔を上げる。
「ちいさいふじさん? よる、おおきいの?」
壮太 「そう。朝はミニふじさん。夜はスペシャルふじさん。」
タツキはスプーンを握りしめて叫ぶ。
「じゃあ、ちいさいふじさんつくるーーー!!」
みんなは笑って、 「それならいいか……」 と納得する。
みんなが朝ごはんを食べ始めている中、タツキはこっそり自分の皿の上で「ちいさい富士山」を作っていた。
昨日の巨大富士山とは違って、今日は手のひらサイズのかわいいやつ。
てっぺんにちょこんとふりかけが乗っていて、形も少しゆがんでいるけど、タツキの中では完璧な富士山。
作り終わった瞬間、タツキはぱあっと笑って、スプーンを持ったままみんなの方へ向き直る。
「みてーーー!! ちいさいふじさん!!」
壮太はすぐに気づいて、優しく笑う。
「タツキ、上手だね……朝はミニ富士山だね。」
ヤンチャ君は口にパンを入れたまま叫ぶ。
「おいおい、もう作ってんのかよ! でもかわいいじゃん!」
ユウキは苦笑しながらも嬉しそう。
「タツキくん、朝から芸術家だね。」
女子たちもくすっと笑う。
サキ 「昨日のよりかわいいね。」
カヨ 「朝はこれくらいがちょうどいいよ。」
エミ 「タツキくん、ほんとに好きなんだね……ふじさん。」
タツキは胸を張って、得意げにミニ富士山を掲げる。
「これ、タツキの“あさのふじさん”!! よるは、おおきいのつくる!!」
みんなが笑って、食堂の空気がまた一段階あたたかくなる。
みんなが笑って褒めてくれる中、壮太はそっとタツキの隣に座る。
タツキはまだ富士山を見つめていて、食べる気はまったくなさそう。
壮太は少しだけ首をかしげて、優しく声をかける。
「タツキ…… 朝ごはんだからね。ふじさんも、食べよう?」
タツキはミニ富士山を見て、壮太を見て、ちょっとだけ困った顔をする。
「……これ、なくなる?」
壮太はゆっくり笑って、タツキの手をそっと包む。
「なくならないよ。タツキの中に入るんだよ。昨日みたいにね。」
タツキは少し考えて、ふじさんを見つめて、やがて小さくうなずく。
「タツキのなかに……くる?」
「うん。朝のふじさんも、タツキの力になるよ。」
タツキはスプーンを持ち直して、てっぺんをひとくち食べる。
そして—— ぱあっと笑う。
「ふじさん、タツキのなかーーー!!」
みんながまた笑って、食堂の空気がさらにあたたかくなる。
朝ごはんを食べ終えたあと、食堂の空気はゆっくりと“生活の時間”に戻っていく。
ヤンチャ君は食器を片づけながら大きく伸びをして言う。
「よし、オレはそろそろ帰るわ。昨日の騒ぎで体バキバキだしな!」
サキ 「来てくれてありがとうね。また書類のときお願いするよ。」
ヤンチャ君 「任せろ!次はもっと騒ぐぞ!」
壮太 「騒がなくていいんだけどね……」
タツキは走ってきて、ヤンチャ君の足に抱きつく。
「ヤンチャーーー!!またくるーーー!!」
ヤンチャ君は笑ってタツキの頭をぐしゃぐしゃにする。
「おう!またな、タツキ!」
そして、 玄関で靴を履きながら最後に振り返る。
「夜の巨大ふじさん大会、楽しみにしとけよ!」
そのまま元気よく帰っていく。
ユウキは義足をつけ終えて、軽く足踏みして感触を確かめる。
「じゃ、練習行ってくる。」
壮太 「気をつけてね。」
サキ 「無理しないでよ。」
ユウキは少し照れたように笑って言う。
「大丈夫。昨日の騒ぎで体ほぐれたし。」
タツキはユウキの義足をぽんぽん叩いて言う。
「ユウキ、がんばれーーー!!」
ユウキはタツキの頭を軽く撫でて、静かに玄関へ向かう。
その背中は、昨日の騒ぎとは違う、「自分の世界へ向かう背中」。
みんなが自然に“自分の作業”へ散っていく。
タツキは壮太の袖をぎゅっとつかむ。
「壮太、はみがきいく。」
壮太は優しく笑って、タツキの頭を軽く撫でる。
「うん、行こう。ごはんを食べたら歯磨きだね。」
タツキは嬉しそうにスキップしながら、壮太の手を引いて洗面所へ向かう。
洗面所は朝の光が差し込んでいて、鏡が少し曇っている。
タツキは歯ブラシを取り出して、壮太の方を見て得意げに言う。
「タツキ、じょうずにできるよ。」
壮太は笑ってうなずく。
「昨日のふじさんも上手だったし、歯磨きもきっと上手だよ。」
タツキは嬉しそうに歯ブラシを口に入れて、ごしごしと磨き始める。
途中で鏡に映った自分の顔を見て、なぜか笑い出す。
「タツキ、はみがきのかお、おもしろい!」
壮太もつられて笑う。
「うん、ちょっと面白いね。でもきれいに磨けてるよ。」
タツキは満足そうにうなずいて、最後に勢いよく口をゆすぐ。
「タツキ、きれいになったーーー!!」
歯磨きを終えて、タツキは口をぺろっとして満足そうに笑っていた。
壮太はタオルを片づけながら、タツキの方を向いて、少しだけ首をかしげる。
「タツキ、このあと何がしたい?」
タツキはその言葉を聞いた瞬間、目をまん丸にして固まる。
“何がしたい?”という問いは、タツキにとって「自分の世界を選んでいい」という合図。
タツキにとっては「自分で選べる」のは初めてのことだった。
タツキは洗面所の鏡を見て、壮太を見て、天井を見て、また壮太を見る。
そして—— 胸を張って叫ぶ。
「タツキ、あそぶ!!」
壮太は笑ってうなずく。
「うん、遊ぼう。どんな遊びがしたい?」
タツキは少し考えて、指を一本立てる。
「ふじさん……は、よる。 あさは……あそぶ!!」
壮太は優しく笑って、タツキの頭をぽんと撫でる。
「じゃあ、朝の遊びをしようか。タツキの好きなやつでいいよ。」
タツキは嬉しそうにスキップしながら、リビングへ向かっていく。
「タツキ、あさのあそびーーー!!」

